地域に根ざし、世界へ開く
──賴館長がこれまで上海外灘美術館など様々な国際的な美術館の開館に関わってきた経験は、新北市美術館にどのように生かされていますか。
そうした経験を通じて、美術館は作品を展示・収蔵するだけの場ではなく、社会との対話・知の創造・文化の共創を実現する「公共空間」であるべきだと深く実感しています。新北市美術館の運営戦略は、こうした理念のうえに進めています。それは「傾聴と応答の美術館(attentive museum)」を目指し、地域と世界をつなぐ開かれた文化の場を築くということです。
2019年に開館準備室を設立して以来、美術館は「地域に根ざし、世界へ開く(local roots, global reach)」という理念を軸に歩んできました。
地域に根差した活動としては、学校とのSTEAM教育(*)連携や三鶯エリアでのフィールドワーク、住民との共同創作などを通じて地域アイデンティティの育成と文化的共有を進めています。また、ワークショップやまち歩き、地域ガイドも開催し、地域に根ざした学びと参加型のアート体験を深めています。

国際的な展開としては、設立初期からアジアのキュレーターやアーティスト、芸術機関とのネットワークを築いて、国を越えた対話と連携を重ねています。とくに「トランスローカリティ(translocality)」という視点をキュレーションやコレクション方針の中核に据え、グローバルな文脈のなかで多様なローカルの知を表現したいと思っています。
さらに、美術館の戦略形成と国際的な認知度向上のために、各国の一流キュレーターや館長からなる国際顧問団も設置しました。台湾で初めて導入された制度で、先駆的な試みです。目的は、多様な視点を取り入れて国際的な対話と連携を深めることにあります。初代メンバーには、アジア・ヨーロッパ・アメリカを代表するキュレーターや館長が名を連ねています。
*──STEAM教育とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)の5つの分野を統合的に学ぶ教育のことを指す。
──顧問団のメンバーには、日本・森美術館の片岡真実氏も加わっていますね。
ほかにも、ナショナル・ギャラリー・シンガポールのパトリック・フローレス氏、ローマのイタリア国立21世紀美術館(MAXXI)元芸術監督で独立キュレーターのホウ・ハンル(侯瀚如)氏、ロサンゼルス現代美術館のクララ・キム氏、オランダNieuwe Instituut館長のアリック・チェン氏など、国際的に高い評価を受ける専門家たちが、定期的な年次会議や個別のアドバイスを通じて、展示・収蔵・運営戦略における実践的な提言を行っています。

──「地域に根ざし、世界へ開く」という新北市美術館の基本理念を体現するような試みですね。
その通りです。片岡館長が森美術館で培った運営や、「六本木アートナイト」といった都市との連携ノウハウは、美術館と地域との関係性を再考するヒントとなっています。また、ホウ・ハンルのように複数の文化を横断するキュレーション実践は、「ローカルとグローバルの融合」に向けた重要な視点を提供してくれます。
こうした顧問団の設置によって形成された国際的ネットワークが今後、国際共同展覧会や研究プロジェクトの推進をサポートしていくでしょう。また、美術館の専門性や国際的な認知度を向上させ、世界的なアートのエコシステムのなかに新北市美術館が存在感を放つ道筋を描くことにつながります。