「すべての人のための美術館」。台湾・新北市美術館が目指す未来とは【3/3ページ】

注目の開館企画

──新北市には、多くのアーティストも居住しています。ローカルのアーティストとの協働にはどのようなものがありますか?

 新北市は、多彩で継続的に創作活動を行う優れたアーティストを長年にわたり多く育んできました。工芸、写真、水墨画、パフォーマンスアートから現代の越境的な実践まで、非常に幅広い表現領域がみられます。新北市美術館では、設立準備段階から「提煉時光」というアーティストインタビュー映像のプロジェクトや「前輩芸術家研究計画」を始動し、地域のアーティストたちの創作の歩みや文化的背景を体系的に整理し、今後の収蔵や展覧計画の基盤を築いてきました。

開館展「『往来/照見』典藏研究展」の展示風景より、張照堂「幽黯微光」シリーズ(1977-84) NTCAM Collection. Courtesy of NTCAM, photo by Anpis Wang

 こうした取り組みは、開館展にも色濃く反映されています。「『往来/照見』典藏研究展」では、板橋(バンチャオ)出身の写真家・張照堂(チャン・ザオタン)による「幽黯微光」シリーズを紹介しました。1977年から84年にかけて北部鉱山地域(九份、三峽、瑞芳・猴硐)で撮影されたもので、鉱夫たちの労働や日常を鮮明に写し出しています。なかには、画家の洪瑞麟(ホン・ルイリン)が坑道でスケッチをしている貴重な姿も記録されています。

 また、「新店男孩:Don't Worry, Baby」では、新北市を拠点に活動するアートユニット「新店男孩」と新メディアチーム・XTRUXが共同制作を行い、ゲームエンジンや没入型映像、伝統的な素材を融合させ、新店溪流域の生活や地誌を新たなアート体験として描き出しました。

──アーティスト・イン・レジデンスなどの取り組みはどうでしょうか。

 2024年からは、地域の知識とグローバルな動きを結ぶ研究テーマに取り組むアーティストを招き、2023年には「Art Camping:出発!大地でアートと冒険!」という野外共創プロジェクトを実施しました。環境教育と芸術を掛け合わせ、アーティストと地域住民の協働によって、アートと日常の新しい関係を築いています。

 このように、地域共創にまつわる多様な取り組みを通じて、新北市美術館がたんなる展示施設ではなく、創作を支え、コミュニティをつなぎ、地域文化への誇りを育む「すべての人のための美術館」という理念を実現しています。 

「基進城市」展にて展示されたヤン・ヘギュによる作品《Cittadella》

──これから注目してほしい、日本の読者が足を運んでほしい展示について詳しく教えてください。

 開館展では、「『往来/照見』典藏研究展」をはじめとして、新北市の文化発展を振り返る展示が行われました。また、「基進城市」展ではアジアの都市化を背景に、産業や労働の問題を探求し、「新店男孩:Don't Worry, Baby」ではアーティストの生活から出発した越境的な創作を紹介。「再自然不過的事」では、全年齢層の参加を歓迎するアートのかたちを提示しました。今後も、地域と国際をつなぐ芸術交流や、ジャンルを超えた展覧会の推進に取り組んでいきます。

 下半期には、1990年代の台湾前衛芸術の展開を再考する「関係場域:90年代新北文化地景重描」展や、芸術と建築の関係を再考する「建築の癒しと恐れ」展などを予定しています。

 これらの展示は、私たちが芸術、社会、教育に向ける関心を反映したもので、日本の皆さまにも台湾の現代文化の文脈を理解していただく重要な窓口になることを願っています。

編集部

Exhibition Ranking

見附正康

2025.05.23 - 07.05
ARTRO
京都