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「家庭」を超えた先にある女性たちの「創造的表現」。碓井ゆい評「生誕120年 宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」【2/3ページ】

「手芸」と「工芸」の格差はどこにあるのか

 山崎明子の著書『近代日本の「手芸」とジェンダー』(世織書房、2005)によれば、日常性や実用性を備えた「手仕事」という意味において「工芸」と「手芸」は明確な区別をすることができず、その差を決定づけるものはつくり手のジェンダーなのだという。

 そして、明治期に成立した「絵画」「彫刻」「日本画」といった「美術」制度と概念のなかで、「工芸」は産業的な性格を消し、日本的なるものを演出していくための伝統性を付与され、「美術」の枠組みへ吸収されていった。では、「手芸」はどうだろう。以下を引用する。

 これらの諸研究を踏まえて、改めて「手芸」という語を見るならば、「美術」に近づく「工芸」とも、「工業」に寄与する「工芸」とも異なる場に位置づけられることがわかる。端的にいうならば、「工芸」を吸収していく「美術」制度からも切り離され、そして工芸的要素を必要とした産業からも切り離され、二重の意味で社会の制度から疎外されていくのが「手芸」であった。この二重の疎外の意味を解く鍵となるのが、近代国家におけるジェンダー編成であり、女性と「手芸」を強固に結びつけるジェンダー象徴体系である。(*1)

 婚姻や家族の規制や性別役割分担による生産/再生産システム、セクシュアリティについての価値管理など、国家の諸制度はジェンダー概念に基づいており、そのなかで編制された近代日本の芸術概念もジェンダー規範を内包していた。そしてそれに基づいて「手芸」が「美術」の枠組みの外部に置かれたということがよくわかる。

 このような構造を踏まえてみると、美術史の言葉を用いて手芸を論じることが、あたかも名誉男性をつくり出すような作用をしてしまうことは当然なのかもしれない。宮脇作品の特徴として称えられていることは、文字通りの特徴であると同時に、「多くの女性が手掛ける凡百の手芸のアプリケ」との違いでもあることが言外に示されていると感じるのは私だけではないはずだ。

 宮脇も、自身のアプリケ作品を「ずっと前からあった」アプリケとは異なる「創作アプリケ」と称していた。彼女の言う「ずっと前からあった」アプリケとは、手芸本の様式化された図案を写し取って子供の服や手提げに縫い付けていくといったものであり、それはどちらかといえば家事のカテゴリに属する行為として位置づけられていた。再度、山崎の本より引用する。

明治期の日本においては、あらゆる「手芸」は、「無償の愛」によって家庭を維持し、家族を癒し、そして自らをも癒す行為として奨励されてきた。家庭内において制作されたモノは、家庭内において消費され、市場価値を持たないものとされた。市場価値のないものをひたすらに生産しつづける行為は、基本的に無償である育児や家事に専念することをもって婦徳とする家父長制社会の女性規範の一つである。(*2)
「生誕120年 宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」(東京ステーションギャラリー、2025)の展示風景

*1──山崎明子『近代日本の「手芸」とジェンダー』世織書房、2005、9頁。
*2──山崎明子『近代日本の「手芸」とジェンダー』世織書房、2005、278頁。

編集部

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