男木島、女木島、豊島
今回の取材では訪問できなかったが、男木島では「未来」をテーマに掲げた作品が展開されている。なかでも注目されるのが、12年ぶりに男木島で制作を行う「昭和40年会」のプロジェクトだ。
昭和40年会は、会田誠、有馬純寿、小沢剛、大岩オスカール、パルコキノシタ、松蔭浩之の6名からなる、1965年生まれの作家によるアーティスト・コレクティブ。空き家を活用した《男木島未来プロジェクト2125 男木島 麦と未来の資料館》では、未来の男木島を描き、さらに100年後の視点から現在を振り返るという時間の構造が取り入れられており、春から秋にかけて連続公開される予定だ。
フランス出身のエミリー・ファイフによる《私たちの島》は、男木島のかたちを模したテキスタイル作品。島の伝統的な織物であるくるま織りやしじら織り、リサイクル衣類などを用いた構成となっており、地域との深い結びつきが表現されている。

女木島では、休校中の小学校や元民宿を会場に、国内外の作家による多様なプロジェクトが展開されている。スウェーデン出身のヤコブ・ダルグレンによる《色彩の解釈と構造》は、25メートルプールを舞台にした大規模なインスタレーションだ。トラック5台分の四角い素材を収集し、色ごとに分類して積み上げる制作プロセスは、まるで絵画を立体化したような構成であり、飛行機から俯瞰した街のようなスケール感を生んでいる。島民や高校生も制作に参加し、共同作業を通じて色とかたちの街が築かれた。
昨年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞(最優秀アーティスト賞)を受賞したマオリのアーティスト、サラ・ハドソンによる《石は憶えている、そして私は耳を傾ける》は、女木島と彼女の祖先が暮らしたニュージーランド・モウトホラ島に共通する「石垣」から着想を得たシリーズ。絵画・彫刻・映像による作品群は、地理的・心理的断絶の痛みと、それに対する和解と修復のプロセスを内包し、石に宿る記憶に耳を傾けながら島との関係性を見つめ直すものだ。

また、豊島では塩田千春が15年ぶりに作品を発表した。新作《線の記憶》は、豊島南部の甲生集落で使用されていた素麺の製麺機3台を用い、赤い糸で空間を編み上げる大規模なインスタレーション。60年以上にわたり使われてきた製麺機は、「もう使われないが捨てられない大切なもの」として今回の作品のために譲り受けられた。塩田は、装置と糸を通じてこの土地に受け継がれてきた記憶や人々の営みを可視化し、「生きること」と「存在」についての根源的な問いを浮かび上がらせている。最終的に使用された赤い糸の総延長は、37キロメートルに達したという。
「海の復権」を掲げる瀬戸内国際芸術祭は、自然と人間、歴史と未来、そして土地と芸術を結び直す試みとして、今日において重要な意味を持つと言える。各島で展開される作品群は、それぞれの土地に根ざした物語や営みに寄り添いながら、鑑賞者に「生きるとは何か」「つながるとはどういうことか」といった根源的な問いを投げかけてくる。
瀬戸内という海域を舞台に、「希望の海」として再び世界とつながるその未来を、アートの力が静かに照らしている。ぜひ、今年も瀬戸内の島々を巡って、その光に触れてみてほしい。
2025年4月21日追記:「高松港エリア」について一部の内容を訂正いたしました。