続いて、チャプター2「日常生活のよろこびーアニメーションの新たな表現領域を開拓」では、高畑が東映映画を去った後の作品に焦点が当てられる。

「パンダコパンダ」(1972)「アルプスの少女ハイジ」(1974)「母をたずねて三千里」(1976)「赤毛のアン」(1979)という誰もが知る名作のテレビシリーズ。毎週1話を完成させなければならないという時間的な制約があるにもかかわらず、高畑のプロ意識と、実現に向けてともに尽力した仲間のおかげで、1年間52話の生き生きとした人間ドラマをつくりあげた。
とくに、アルプスの大自然とフランクフルトを舞台に、ハイジやおじいさん、クララ、ペーターが織りなす日常生活の喜びや悲しみを描き出した「アルプスの少女ハイジ」では、すべての回に、演出・高畑、画面構成(レイアウト)・宮崎駿、作画監・小田部羊ーが携わる豪華な制作体制。

なかでも、高畑が考え宮崎が実践した「レイアウトシステム」は、のちのアニメーション制作現場に大きな影響を与えた。レイアウトとは、絵コンテで大ざっぱに決められた画面をもとに、各カットの画面を設計したもの。キャラクターの位置や動き、背景、カメラワークなど、すべてがこの段階で決められるため、アニメーション制作の肝といっても過言ではない。

アニメーションでは、実写映画で起こりうる偶然の1シーンは存在せず、すべてが0から綿密に設計されつくり上げられているという、当たり前のように見えてじつはとんでもない事実を、改めて認識する機会となる。
またこれらの作品に通底して、衣食住や自然との関わりといった日常生活を丹念に描写する高畑の姿勢も感じられる。ハイジの設定ノートにはヤギの生態やチーズづくりに関するメモもあり、その細かさには目を見張るものがある。実際に高畑が書いたメモを覗き込むと、ある種の狂気すら感じるだろう。