展覧会はまず、同館が位置する比治山公園にかつてあった、広島出身の軍人で内閣総理大臣も務めた加藤友三郎の像の紹介から始まる。加藤の像は同館の東に位置する園路にあったものの、戦時中の資源不足による金属回収のために撤去されたため、現在は台座だけが存在している。会場入口では、健在だった当時の像のほぼ実物大の写真が垂れ幕として展示されている。不在である加藤の像が何を物語るのか。本展はそんなスリリングな問いかけから始まる。


加藤の像を手がけたのは、呉出身の彫刻家・上田直次だ。上田は、加藤の像のみならず、日中戦争で壮絶な戦死を遂げて「軍神」と称えられた、広島出身の軍人・杉本五郎の像も手がけている。杉本の像はその所属部隊であった広島の歩兵第11連隊正門脇に設置され、戦時下における士気の高揚を担った。

しかし上田は、郷土の偉人や軍人の像を手がけるいっぽうで、ヤギをモチーフとした愛らしい彫刻を多く残した彫刻家でもあった。会場で展示されている木彫の《愛に生きる》(1931)は、その表題どおり愛情あふれる親子のヤギの仲むつまじい姿をモチーフとしている。このように、作家が残した「物」である作品をたどることで、各時代の世相とそこにあった作家や人々の記憶が浮かびあがってくることがわかる。
